最高裁判所第二小法廷 昭和26年(オ)25号 判決
原判決の確定する事実関係によれば、被上告人は、判示磯部村大字坂崎の出身で、三十数年前朝鮮に赴き商業を営んでいたが、成年に近くなつた長男が農を営む望を持つていたので、その希望にこたえるため昭和一七年一一月、右磯部村に帰郷した際、同村内にある本件農地を買入れて、その所有権を取得したのであるが、終戦と共に内地に引揚げることとなり引揚の上は本籍地たる前記磯部村に居住してかねて買いうけある本件農地を耕作して生計を立てようと決意し昭和二〇年一一月三日頃家族を引具して内地へ引揚げて来たが、その途次偶々鳥羽駅において被上告人の妻の実弟にあたる、中村義信が同様復員して来たのと出会い同人の勧めに従て、磯部村から遠からぬ鵜方村にある同人方に一時落着くこととなつたが被上告人は同月八日頃磯部村にある本家筋にあたる坂本藤平に頼んで、同人所有の未完成の納屋風の建物(約一〇坪)を借受けこれを住居と定めその二、三日後から毎日同所に通つて時々同所に寝泊りなどして鋭意その修理完成に努め同年一二月下旬に至つて漸く完成したので家族全員同所に移り住んだものであるというにある。
如上事実関係によれば、原判決が昭和二〇年一一月二三日当時、被上告人は右磯部村に自作農創設特別措置法にいわゆる住所を有したものとしたのは正当であつて、原判決は、所論のように本人の主観的事情のみを基礎として住所の有無を判定したものではなく、又、何等、所論大審院判例に違反する点もない。所論同法四条二項の規定は、同項所定の特別の事由によつて、農地のある市町村の区域内に住所を有しなくなつたものに関するものであつて、農地のある市町村の区域内に住所を有するかどうかの基準に関するものでないから、論旨は採用の限りでない。
その余の論旨は最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」とは認められないから判断を示さない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、全裁判官一致の意見により主文のとおり判決する。
(裁判官 霜山精一 栗山茂 小谷勝重 藤田八郎 谷村唯一郎)
上告代理人本庄修の上告理由
第一点 原判決は、住所に関する自作農創設特別措置法の解釈、適用を誤り、更にこの点に関する大審院判例と相反する判断をしている。
(一) 原判決は、「控訴人(被上告人。以下上告人の註は( )をもつて示す。)は前記のとおり久しく妻子と共に朝鮮に居住していたが終戦と共に内地に引揚げることとなり引揚の上は本籍地たる前記磯部村に居住して前記のとおりかねて買受けある本件農地を耕作して生計を立てようと決意し昭和二十年十一月三日頃………(中略)……内地に引揚げて来……(中略)……磯部村から遠からぬ鵜方村にある同人方(カツエ〔被上告人の妻〕の実家〔即ち中村義信方〕)に一時落着くことになつた」と判示している。
これは原判決が被上告人の一応の生活の本拠が鵜方村にある被上告人の妻の実家方にあることを暗黙裡に是認しているものといいうるのであるが、原判決は更に「控訴人〔被上告人〕は同月八日頃磯部村にある本家筋にあたる坂本藤平に頼んで同人所有の未完成の納屋風の建物(十坪)を借受けこれを住居と定めその二、三日後から毎日同所に通つて時々同所に寝泊りなどして鋭意その修理完成に努め同年十二月下旬に至つて漸く完成したので家族全員同所に移り住んだ次第を認めることができる。」と判示して、殊更に被上告人の主観的意思とその単なる外部的動作のみを促えて「単に鵜方村を一時の宿泊地としたにすぎないのであつて控訴人〔被上告人〕の遡及時点〔昭和二十年十一月二十三日〕における住所は磯部村にあつたものと解するを相当とする。」と云つている。
これは明らかに自作農創設特別措置法(以下「措置法」という。)の解釈を誤つて適用している。即ち、措置法第四条第二項では農地の所有者が同法第二条第四項に規定する特別事由のためその所有農地所在の市町村の区域内に住所を有しなくなつたものは、既に転住して他の市町村に住所があるにかかわらず、なお且つ当該市町村に住所を有する者と擬制しており、右の特別事由は措置法第二条第四項及び同法施行令第一条において疾病、就学等と規定されている。この規定の趣旨は、このような特別事由によつて住所を去る場合でも、本人の主観的事情の如何に関せず常住事実の場所的移動が客観的にある以上住所の移転があつたものとする住所に関する措置法の解釈に対して、これら特別の場合には農地の買収規定の適用について、特に前住所地に住所があること即ち在村地主と看做して本人に有利なように特別の取扱をせんとすることにある。
右によつても、措置法にいう住所が個人の主観的住所、意思及び個人の単なる住所設定に関する作為的外部動作だけを根拠としているのではなく、更に客観的な常住事実を捉えていることを窺えるのであつて、もし、原判決の如く措置法における住所の観念を本人の主観的事情の立場からきめるとすれば、敢えて前記の特別事由のある場合にも特に住所の擬制を法定する必要はなく本人の意思如何によつては原判決のいう如く入院地、就学地等をもつて一時の宿泊地と称する場合もでてくるだろう。かくては措置法第四条第二項の規定は無意味な存在となつてしまうのであり、又在村、不在村の区分を要素とする措置法に基く農地買収規定の適用は全く不確定極りないものとなつてしまうであろう。結局、措置法第四条第二項はその解釈から推して、措置法における住所に関する解釈の基準(即ち、病者、就学者等の住所を本人の住所意思の如何に関せず、入院場所、就学場所等又は療養、就学等のために居住する場所をもつて一時滞在地とせず、住所する前提に立つて規定している。)を定めているものということができ、これは措置法による買収規定の適用について看過しえない重要な点である。しかして、かくの如き措置法の態度は客観説を採る後記大審院判例の趣旨ともその根抵を一にするものであることが判るのである。
正に、本人の主観的事情のみを住所判定の基礎としている原判決は、被上告人が引揚者であること及び鵜方村における同人の住所期間が短期であつたことを捉えて人情に急なる余り法の解釈を歪曲したものであり、全国的規模をもつて劃期的意義において行われる農地改革の実施にあたり、厳格、公正、広範、迅速(措置法第一条参照)をその基調とする措置法の全体の精神と相容れない解釈である。しかして、かかる法規の解釈の誤及び適用の誤は、原判決の内容にとつて致命的に重要な影響を及ぼしているのである。
(二) 更に、原判決は、「或場所が或人の住所であるとするには(1)其場所を以て生活の本拠とする意思及び(2)其意思の実現即ち其場所に常住する事実の存在することを要する」という旨の従来の大審院判例(大正九年七月二十三日及び昭和二年五月四日言渡等)に反する判断である。
第二点 原判決は、虚無の証拠により事実を認定し、又は証の趣旨に反する不当な事実を認定した違法があり、更にこの点に関する大審院判例と異なる判断をしている。
(一) 原判決は、甲第二号証、乙第九号証、第一審証人岡野武雄、奥野重蔵、第二審証人坂本藤平、坂本カツエ及び第一、二審における控訴本人〔被上告人〕訊問の結果を合せ考えて、被上告人が昭和二十年十一月八日頃訴外坂本藤平から同人所有の未完成の納屋風の建物を借受け、その二、三日後から毎日同所に通つて時々同所に寝泊りなどして鋭意その修理完成に努め、同年十二月下旬頃に至つて完成したことを認定した。
しかし、その寝泊の回数については第二審証人坂本カツエが隔日位といい、控訴人〔被上告人〕が第二審における本人訊問において一、二回位というのみで、その他に何等この点に関する証拠がない(実際は、第二審証人坂本藤平がその回数につき二、三回と証言したのであるが調書に記載されていない。)のであるが、昭和二十年十一月十日頃から同年十二月二十五日までの間に隔日とすれば二十数回になり、坂本カツエの二十数回と被上告人本人の一、二回の供述とは、同時に措信し得ないのにかかわらず、原判決がかような懸隔甚だしい両供述を同時に措信したのは経験則に反し且つ違法である。
仮りに、同時に措信し得るとしても、坂本カツエの証言によれば『頻繁に』寝泊りしているのであつて「時々」の程度ではなく、又被上告人の供述によれば『僅々一、二回』にすぎず、到底「時々」という認定は、健全な見解をもつてしてはできないのにかかわらず、右両供述によつて「時々寝泊り」したと認定した原判決は、結局「証拠の趣旨に反する不当な事実を認定する」もので「違法である」と共に、幾多の大審院判例に反する判断である。
(二) 次に、原判決は、被上告人が「時々、同所に寝泊り」したことを認定した。しかして、「同所」とは被上告人が修理していた納屋風の『建物』(約十坪)を指すことを原判決の文意上明白であるが、挙示の証拠中、寝泊りの場所を供述しているのは、第二審証人坂本藤平の『同人方〔被上告人の本家〕』である旨の証言、第二審証人坂本カツエの坂崎の『実弟方』である旨の証言、控訴人〔被上告人〕本人の第二審における『本家』や『姉の家』である旨の供述であつて、他にこの点に関する証拠がない。この三箇の供述は何れも前記修理中の建物で被上告人が寝泊りしたことを述べていないのにかかわらず、原判決がこれらの証拠によつて被上告人が『右建物』に寝泊りしたことを認定したのは、「虚無の証拠によりて事実を認定し」「若しくは証拠の趣旨に反して不当の事実を認定する」もので「違法である」と共に、同趣旨の幾多大審院判例と異なる判断である。
しかして、かかる虚無の証拠により事実を認定し若しくは証拠の趣旨に反して不当の事実を認定したことは、原判決の結果に重大なる影響を及ぼしているのである。
以上の点から、原判決は、破棄されるべきである。 以上